去年の立冬、インターン後にいつも通り立ち寄った酒屋さんに「無濾過 純米 虹 Kagiya Rainbow 2019BY」を教えていただいた事が、成龍酒造(せいりょうしゅぞう)さんを知る始まりでした。
知り始めた当初の記憶が鮮明に残っているのは、酒屋さんがふとおっしゃった「米はしずく媛だったかな」と聞いた事のない、とても愛らしい酒米の名前にときめいたのと、銘柄の裏ラベル一つ一つに静かに熱く語りかけるようなメッセージに驚いたからです。今1年前を振り返ると、お米の名前の愛しさと、改めてお酒は人の手をかけて造られたものであることを教えていただき、さらに日本酒を知ってみたい気持ちを掻き立てたのが成龍酒造さんだったのかなと思います。
Kagiya Rainbowのお味はと言いますと、当時まだ日本酒に興味を持ち始めてから数ヶ月で、「他のお酒と比べて特段に美味しい!」という感情には贅沢にもなれなかったのが正直覚えている感想。ですが、後々少しずつ自分なりに感じる「美味しい」の輪郭がふんわりできた頃、「あぁ、私はこんな美味しいお酒にこの歳でお会いできて本当に幸せだなぁ…」と思うようになりました。そのふんわり「美味しい」の輪郭が少し見えた瞬間が、実際に成龍酒造さんに訪問し「伊予賀儀屋」と「御代榮(みよさかえ)」を試飲させていただいた時でした。
直接成龍酒造さんにお会いするご縁は、毎度お世話になっている酒屋さんからいただきました。「大学生活最後の一人旅に3月瀬戸内海を旅行します」と何気なくお伝えすると、「成龍酒造の首藤さんに会いに行って来なよ!」と酒屋のおじさん。「酒造りでお忙しい中、そんな気軽にお会いしていただけるのか..?」と戸惑いつつも成龍酒造さんにご連絡してくださり、「2時に、予約をしました。楽しみにしているとのことでした。」と、後日メッセージをいただきました。ご縁を頂戴する酒屋さんも、引き受けていただく酒造さんも誠にありがとうございます…。そして3月3日、いざ、成龍酒造さんに会いに行きます。
愛媛、広島、岡山、直島、香川の一週間旅行の始まりです。
松山駅から成龍酒造の最寄駅(壬生川)まではJR予讃線電車で揺られて1時間半〜2時間弱。「い、意外と遠かったぞ…。」とは感じたものの、1両の電車にゆられながら、時々木々の隙間から顔を出す海の景色を眺め、「旅路(結婚)」を聞いているとあっという間。旅の途中の選曲はジブリが多いのですが、ゆったりと静かに日本の風景を楽しむにはとても心地いいんです…。
そして電車に揺られること約2時間、13時半過ぎに壬生川駅に着きました。反対側のホームに渡る陸橋を駆け上がり、見えた景色はは叫びたいほどに美しいものでした。ここでぽつりと1人、爽快な空と肌を撫でる冷たい風を包む春の暖かさを心ゆくまで独り占め。成龍酒造さんまではここから歩いて行くこともできるのですが、徒歩30分のため地元のオレンジバスを待ちます。暇つぶしに壬生川駅すぐそばにある「西条市 食の創造館」を覗いてみます。
館内はそこまで大きくないのですが、語らなくとも伝わってくる地元愛を感じることができます。入り口すぐ奥には西条市で造られている日本酒がずらりと並び、各蔵の造り手さんたちのコメントを展示したボードがありました。恥ずかしながらこの館内に訪れたことをきっかけに、成龍酒造さんの他にもこの地域で全身全霊を注ぎ日本酒を醸す酒造がたくさんあることを知り、各蔵の造り手のメッセージを見ると私はまだまだ視野が狭いことに気付かされます。成龍酒造さんのメッセージと写真も発見しました。杜氏さん、首藤さんご兄弟の御三方揃った優しい笑顔はウェブサイトで見た通りの印象を受けました。これからお会いするのか…!思うと、さらに緊張します…。
そうして数十分程駅周辺で待っていると、ちょうどバスの時間に。「どこまで乗ってく?」と運転手さん。バス乗り場で待っている人も、乗客も私1人のみでしたので、目的地まで一直線にバスを走らせてくれました。周布駅に降り立ち、地図を確認して車一台分通る道を辿っていくと、その左右に広がる田んぼを照らす青空と、穏やかに連なる山々の景色が広がっていました。待ち合わせの時間になってしまうので、何枚か写真をとって急ぎます。
田んぼ道を進み、少し入り組んだ閑静な住宅地を辿っていくと、大きく「御代榮」とかなり年季が入っている看板が見えてきました。成龍酒造さんに到着です…!
ドアを開けると、心地いい音量のジャズが流れる中、首藤さんがお待ちしておりました。前日までYoutubeなどで拝見していた首藤さんが目の前にいらっしゃり、何を話せば良いのやら、感極まり込み上げてくる涙を抑えて必死に話題を探します。ご挨拶をした後、入り口奥の立ちテーブルに向かい事前に質問を書いたメモを思い出しながら、咄嗟に出たのは「松山三井ってご飯米なのに、よく使われているように思い意外に感じておりました。」でした。内心もっと世間話から入れなかったのかと後悔しておりましたが、「松山三井はご飯米ですが、実は酒造りにもともと適していて、昔からよく日本酒に使われていたんです。」と自然とにこやかに話を繋げてくれました。松山三井から改良してできた酒米、「しずく媛」は当初「媛育○◯号」になる予定だったみたい。現在、酒米の開発が各県で進歩しておりますが、酒米の名前1つで日本酒を愛おしく思えるのですから、酒米の命名も各蔵の銘柄と同じく大切なものだと思います。その後も、職場近くの酒屋さんと一緒に描いた食べ合わせのイラストなどをもとに、お話を続けました。
少し時間が経った後、蔵の中に案内していただき、首藤さんの弟さん、敏孝さんにもお会いしました。搾り機からこんこんと流れ出す文字通り搾りたての新酒を一合盃に注いで持ってきてくださり、その場で試飲させていただきました。(なんという贅沢…。)新酒ならではの若々しい発泡感と、家族とよく夕飯を囲んでいたただいた時と同じように「賀儀屋」特有の旨味がありました。造り手さんを前にいただけた要因もあるかと思いますが、その「特有」は、ふくよかで優しい芯のある旨味でした。これが自分の「美味しい」の輪郭が象られた時かもしれません。
140年以上代々続く成龍酒造は、石鎚山から流れ出す伏流水をベースに、地元愛媛県産のお米でお酒を醸すこだわりを持っています。主に使用されているお米は飯米の松山三井、酒米のしずく媛と山田錦です。主な銘柄は3つあり、昔ながらの故郷の味を基軸に、「後の代まで国が栄えるように」という想いを込められた「御代榮(みよさかえ)」。昔、庄屋米蔵の鍵を預かる鍵屋だったことから酒名として2002年誕生した「伊予賀儀屋」。そして2020年に新たに誕生した銘柄、四国山地から流れる水と蔵元周辺だけで収穫されたお米を使用した「然」。生活されてきた故郷の素材を丁寧に活かし、蔵の中に掲げていた「酒は夢と心で造るもの」を信念に醸された姿勢は、お酒の香りと味から優しくじんわりと伝わります。
実はこの旅行記には続きがあり、伊予賀儀屋を提供されている東京の居酒屋さんで開催するイベントにお声がけくださり、訪問から4ヶ月後に首藤さんに再会することができました。
入り口や店内には賀儀屋の幕が掛けられ、お店の方は背中に大きく「賀儀屋」と書かれたTシャツを着ており、強い愛を感じます。店主さんは成龍酒造さんと長いお付き合いで、出会った当初や石鎚山にご一緒に登られた話などをお話ししてくださいました。長くこの銘柄を熟知されているからこそ、作られる料理のお味も全てのお酒にぴったりでした。来られたお客さん達も私含め賀儀屋ファンの方が多く、もともと日本酒が苦手だった方もこのお店で賀儀屋を飲まれてから日本酒が好きになった方もいるそうです。
旅行後にいただく成龍酒造のお酒は、3月の旅の途中を味覚と嗅覚から鮮明に蘇らせます。愛媛県松山空港行きの機内窓から見える瀬戸内海に抱いた、旅の始まりに沸き立つ高揚感と、成龍酒造最寄りのバス停に降り立ち、車一台分通る道の左右に広がる田んぼを照らす、青空と連なる山々の景色。
酒屋さん、飲食店、お客さん皆に愛される成龍酒造さんのお酒と醸造家を、直に見ることができた2022年夏。今年の秋、来年のお酒もたくさんの方が楽しみにしていることと思います。陰ながら、引き続き応援しております!またどこかでお会いできることを楽しみにしております。
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成龍酒造 公式サイト:https://www.seiryosyuzo.com/
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